きれい、さわやか楽しい明日へ。

「父を思う」

  父は大正十二年生まれ、ビルマ戦線で
   三年の戦闘生活を送った
  日赤の看護師だった母と結婚
   婿養子であった父は職業を転々苦労した
  子供達にも厳しく怖い父
   頭も良く手先も器用で歌もうまかった
  学校教育、指導隊の隊長など社会貢献もした
   長男だった自身には非常におおらかだった
  いろんな事を教わった、農業の達人でもあった
     最近顔だけは父に似てきた