きれい、さわやか楽しい明日へ。

「昭和100年」

  戦後六年、日本復興のさなかに生まれた
   食料難ではあったが、三度の飯も頂いた
  継ぎはぎだらけの服を着て、遊びまくった
   冬でもゴム短靴、手はあかぎれで割れていた
  なぜか子供達は多かった
   皆助け合って生きて来た
  隙間から雪が入り込む、暖はこたつだけ
   冷え切ったせんべい布団に潜り込む
  貧しかったが、不足などなかった