きれい、さわやか楽しい明日へ。
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お知らせ
2026年3月13日 : 「しみじみ思う」
この歳になりしみじみ思う
欲を捨てたわけじゃない
人生を諦めたわけじゃない
体力は落ちたが秘めた情熱は健在
後始末は自身の最優先
経営責任は常に揺るぎない
縁あっての仲間である
皆に感謝の気持ちをもって
味のある人生の為に

2026年3月11日 : 「愚かな自己診断」
本日朝、五日分の風邪薬を飲み終えた
身体も調子が戻ってきた
今回つくづく思った、自己診断は愚かだと
まだくたばってはいられない
これまでとは違う試練が身に染みた
皆にも心配をかけた
すでに工場は布団毛布
カーテンなどで賑わっている
スタッフの元気な朝の挨拶
天気も心も晴天である
2026年3月9日 : 「元気が一番」
身体の調子がすこぶる悪かった
寒暖の差、無理な筋トレ
身体に負担がかかったに違いない
呼吸が早い、身体が重い
熱はないが異常は感じていた
布団に入ると頻繁に痰や咳
辛かったのは咳の度に腹筋や胸に響く
二晩も眠れなかった
早く病院に行けばよかった
インフルでもコロナでもなかった
まだ本調子ではないが大分良くなった
2026年3月4日 : 「眠れぬ夜」
最近身体が重かった、左目も重苦しい
花粉症ではないか
鼻水も出る、気温の差が大きかった
床に入り、咳が止まらない
背筋を伸ばすと咳は止まる
ベットから降り背を伸ばし座椅子に寝た
咳は止まったが寝心地が悪い
またベットに戻り、寝返りを繰り返す
なんと打つ伏せになったら咳は止まった
熱もなく無事出勤

2026年3月2日 : 「忘れえぬ3月2日」
2011年3月2日父が無くなった
無事に葬儀を済ませ、心落ち着かぬ
3月11日、あの東日本大震災
何もかもすっ飛んだ、工場もめちゃくちゃ
けが人が出ないのが幸いだった
また昭和56年3月2日、長女誕生
日を待たずして妻が腸閉塞、危篤状態
明治生まれの祖母が他界
実の姉の会社が倒産
一生忘れる事の出来ない三月となった
2026年3月2日 : 「日本人は誇りを持て」
「頼まれごとは試されごと」
知る人ぞ知る、中村文昭の名言である
整理していたCDファイルの中に
彼の何十年も前の講演のCD
自身彼の大ファンだった
実体験をもとにした彼のユニークな講演は
いつ聞いても心に沁みる
日曜の午後一人当てもないドライブ
なぜか涙が込み上げて止まらない
もっと日本人は「ほこり」持って欲しい
2026年3月1日 : 「気持ちも新たに」
本日高校の卒業式、天気で良かった
人生何度も節目がある
気持ちを切り替えるチャンス
人生無駄なことは何一つない
一番情けないのは、望みを無くすこと
生きるとは難儀との戦いでもある
多くを望まない、誠実に生きる
自分の意思で動く
人のお役に立てる
こんな自分で在りたい
2026年2月28日 : 「2月も終わり」
あっと言う間の二月
二回の祝日は有難い
公私共に気忙しい月でもあった
寒かったが雪も少なく助かった
お金も何とか工面できた
心配なのは店舗スタッフの復帰
本人も気が気ではないだろう
三カ月は覚悟しなければ
焦ってもしょうがない
皆が心一つになれるチャンスでもある
2026年2月27日 : 「今度は眼科」
75年も生きていると身体もがたつく
昨日予約していた眼科へ
検査の結果、左目が初期の緑内症とのこと
正直ショックだった
緑内症は失明と結びつく
まだ発見が早かったので点眼での
治療で済む
歯も大分失った、血圧や診療内科
お医者さんとの縁が切れない
元気で働く事が恩返しである
2026年2月26日 : 「じっと我慢」
半年ぶり市民大崎病院
機械で受付を済ませ
マイナンバーカードで顔認証
それぞれの検査も慣れたもの
しかし超音波などでは一時間以上も待った
さすがに待つのは疲れる
診察も中々進まない、腹も減ってきた
なんと診察が終わったのが午後2時近く
自身の診察は約二分、ずっこける
良くもなく悪くもなく次回の予約は8月









